綴り

手のひら

郡上からよく来てくれるお客さまと
手相を見せ合いっこした。

「変わり者の手相って言われたことあるんです」
と、ひらかれた手。

わかる。これは変わり者の手相だ。

知識ほぼないけど、
おやおやと目を引くポイントがいくつもある。

それに比べて私の手のひらは、
まさしく凡人の手のひらだな。

だけど、
こんなこと初めて思ったのだけど、
けっこう好きだな。
キレイじゃなくてもモテ線なくても、
私にはこれじゃない手のひらは考えられない。

愛着ってこういう感じか。

街中の人の手のひらがずらりと並んでも、
きっと自分のは間違えない。

かわいいかわいい私の手のひら。

おやすみなさい。

おやすみなさい

9月はやけに苛々していた気がする。
私にしてはよく動いたから、日々の出来事が多過ぎたのだと思う。

苛々していたから、ほんとうの事が、なんだかあまり言えなかった。


ああそうだ、
今年はきっと見事な紅葉が仰げると誰かが言っていて、
たいして興味はないのだけど、
それまでなんとか生き延びようと、
そのとき、誓いを立てるように、思ったんです。


苛々して眠れない
おやすみなさい

そんなわたしに

脈アリ

すこし前、
インド綿を使って素敵な衣服や小物を作っている『チプカとプクチカ』
のジュンさんとトモさんが、
長野県伊那市から訪ねてきてくださいました。

タコのイラストが描かれたスカートに一目惚れして、
わたしから会いに行ったのが最初。

(もっと言うと、以前に行ったチュックというお店のカードに描かれたミミズクが可愛くて、
描いた人を探したらデザイナーでイラストレーターのトモさん/TOに辿り着き、
そこからトモさんのイラストを生地に写して服を作っているジュンさんに流れ着いたのです。
ちなみに全員親族でした)


二度目にお会いした時、意を決して
「一緒にお仕事しませんか」
と告白したわけなんですが、
高山の8画まで来てくださったという事はつまり、
つまり脈アリであろうと、
わたしは盛大に期待しています。

撮影:トモさん

100円の絵

アルバイトのうみちゃんが、
約束の期間を終えて名古屋へ帰ってゆきました。
予備校生活、再開です。

さいごの二日間はできる限りうみちゃんのしたい事して遊ぼうと伝えて、
ほとんどずっと一緒にいました。

プリクラにカラオケ、ボーリング、美術館とガレットが評判のカフェ。
マクドナルドで二次会してそれでも名残惜しくて、
すぐそこのうみちゃん家まで、
おかしいくらい遠回りして送りました。


別れ際、
「これを100円で買ってもらえませんか?」 
そう言って差し出された油絵。
うみちゃんが描いてくれた私たち。

彼女の絵に初めて『価値』が付きました。

みんな人間ではない様だけど、
服装の再現度がすごいね。
私はぜったいにその位置でスカートを履いてるし、
せんちゃんの白衣の下を知っている人しか描けない。

千円渡したけど九百円は餞別で、
絵に払ったのは百円だよ。
伸び代はすこしでも大きいほうがいいでしょう。


どうか清々しい春を迎えられますように。

5分の電話

先週長野で買い付けしているときに
お客さまから電話があって、

「特にどうもしてないんですけど声が聞きたくなって」と。

埃っぽい骨董品の倉庫の中で、
暑いねとか
忙しいねとか
言わなくても分かるような話を
5分くらいしてました。

こんなふうな連絡がもし毎日だったら
正直どう思うかわからないけど、
このときはありがたかった。
すごくすごく、助かりました。

ずっと緊張して体中が痛かったのが
ふーっとラクになった。ほんとに。


お菜の立ち上げは予期せぬもので、
しかも8画の拡張と丸かぶりで、
もう完全にオーバーフロー。

頭が追いつかないくせに余計なことだけは考えすぎるから、
危うく肝心なとこを見落としそうでした。

このまま進むとブレそうだなっていう嫌な予感を連れた私を、
その電話がたやすく正常な位置に戻してくれました。


あなたがいて嬉しいっていう気持ちのやり取りは
どんなときも絶大で、
8画も私も、
これまでどおり一切加工なしで挑もうと思えました。

ナイスなタイミングでのお電話、
本当にありがとうございました。

空町で、

はちかくのお菜が始まりました。

さっそく立ち寄ってくださった皆さま、
本当にありがとうございます。

ものすごく小さな規模の取り組みなのに、
8画がオープンしたときとは比にならないくらい、
たくさんの励ましやお祝いのお声をいただきました。

協力してくれた工務店や友人、そして銀行(爆)、
何より皆さんが面白がって待っていてくれたおかげです。

それから当の私たちも、よく頑張っていると思います。
仲は悪いですが方向性は一致しています。


ゼロから始めた8画が、
もしかしたら1くらいになったのかなあ、
そんなことをふと考えて、
ぶるぶる震える。



何はともあれ「はちかくのお菜」は、
食べ物が人にとって何時でもあたたかく、
やさしいものであってほしいと願っています。
おいしいって嬉しいです。
それらを安定的に供給できれば。

安定的に供給、のあたりが
雑貨の8画と大きく違う点です。

空町とモナカアイス、
空町とそうざい、
空町と辛いジンジャーエール

ここでやるなら

ここでやるからには

どうなのよ

コンセプトはそこにあります。

どうぞよろしくお願いします。

うみちゃんとひいろ

足りてる

店が広くなりました。
広くなっただけともいえます。
売り物は増えていません。
減った感じがすると言われますが、
減ってもいません。
広くなっただけです。
売り物はちょうど良いくらいに足りてると思います。


空間を空間としてただそこに置いておく
というのは、
案外むずかしいことです。

モノで満たすことに慣れると、
そのうち〝なくてはならない〟ような気がしてきて、
しまいには、
何か別のモノでもいいから埋めとこうっていう妙な事態に発展します。
こうなるとけっこう、深刻です。
あえて引くことはさらに難しいからです。


誰かから見た8画は、
かなり広い意味でいろいろ足りてないだろうと思います。

その誰かを満たす方法について、
わたしはもちろんまったく知らないわけではないし、
出来ないわけでもないです。

出来るならやれば良いって、
そういうもんじゃあないでしょう。
そこは好きにやらしてください。


明日からアルバイトのうみちゃんが来ます。
夏のあいだ8画を手伝ってくれます。
絵とカネコアヤノをこよなく愛す、
笑顔がまん丸な女子です。

短い期間ではありますが、
皆さまに可愛がっていただけますよう、
どうかよろしくお願い申し上げます。



課題クリアできるといいね。


10日から

もうすぐはちかくのお菜がはじまります。

和惣菜をメインに、食べ歩き(飲み)できる小さなもの、
懐石弁当や御節などの、
すこし特別なお弁当をご用意します。

今日は保健所の立ち入りでした。
たぶん大丈夫。

このところ、
ロゴについて尋ねられることが増えました。
ロゴ。店といえばロゴ。
もともと8画にそのようなものはありません。
店をやっている自覚がありません。
ほんとうは店の名前すら要らないのですが、
便宜上やむ無く8画と名乗っています。

ショップバッグの名入れは、
オープン当初やってみてすぐにやめました。
不要でした。

いつ看板がつくのかしらと
ご心配いただいている件についても、
それでやってこれてしまったので
今後もつけることはなさそうです。



そんな8画は店内改修の為お休み中。

10日から営業を再開します。


お菜のオープンは、
7月中に何とかしたい感じです。

夏だし、
美味い塩をきかせた最中アイスやりましょう。
紫蘇ジュースも仕込もう。

わたしがお菜の店に立つ事はあまりないと思いますが、
大体となりに居ます。


今回も8画のスタンダードな戦法で、
えいっと飛び降りてから慌てて電卓を弾いています。
もはや戦法でもなんでもないです。

どうか浮上させてください。


ではまた

ひとつやめました。

去年のうちにやろうと思ってやらなかった事。
ショップカード(LINE@)の廃止。

昨日できました。
よかった。やめれた。

がっかりする人もきっと多いだろうと思うけど、
他にやり方がある気がして、まずは止めました。

理由は色々。

これはすこし別の問題のようにも見えますが、
丁寧に作られたものをディスカウントするとき、
物や作り手の価値を、
今わたしが下げているんだなと怯えます。

反面、誰かが手にとって使わなければ
その物に本当の価値はつかないのではないか、
とも思うのです。

ここに置かれた物たちの目的は、
誰かに寄り添うことだと思うからです。

そのあたりは結局のところわたしの力不足で、
もう本当に、ごめんなさい。



オープン当初の8画はもっと小さな雑貨屋でした。

見切り発車感の強い幕開けだったから、
取り扱う商品も価格帯も、売り方も、
色んな事情がすこしずつ変わっています。

ひとりで持てる物事の量には限界があって、
それでもまだ暫くはひとりが良いなあと思っていて、
ならマメに絞ってこうかなと。
なるべく余白を持っていたいなと。

そんな感じです。


ぽろっと、


好きな人に会いに行くというテーマをガンガンやっています。

ふつうに生きていてもまあまあそんな感じにはなるんですが、
さらにあえて尚もです。

ポイントは〝相手の都合にかまわない〟ところです。

わたしが会いたいから一方的に会いに行く。
迷惑なら向こうが断ってくれば良い。
それくらい勝手にやらせてもらってます。

すると皆んなけっこうすんなり受け入れてくれるから、
ああなんだ、もっとはやく会いにくれば良かった
なんて思うのだけど、
なにより無事で現れてくれたことに
いちいち感動するのです。


10〜20代の頃は山にいることが多くて、
色んな情報がいつでも一足遅れて届きました。

そのひとつにあった友人の死。

中学の同級生で
体が大きくて
目がやさしく垂れていて
野球のことしか知らない
いいやつでした。

わたしは中学卒業後に福岡を出てほとんどの人と切れてしまったけど、
彼とはかろうじて通じていて、
思えば地元でさいごに酒を呑んだ友人です。

福岡に戻ることがなくなってだんだん疎遠になり、
知った時にはもう色々が終わって、
過去の出来事になりはじめている頃でした。

ぐっと悲しむタイミングが
なんとなく掴めないままの8年。
小出しでやってくる寂しさにまだ慣れません。

この時代、画像やなんや、あるとこにはあるもんだから、
黄色い字のユニフォーム着たあいつがネット上にまだいます。

で、何故ここにいないのか悔しくて悔しくて、
まだ生きていたころ、
遠くて会えないような気がしてたけど、
そうじゃなかったと気づきました。

またそのうちにと思って、ぼんやりしていただけです。
呑気にぼんやりしていたら間に合わなくなりました。

たった3時間。
ぜんぜん遠くなかった。
今なら3日かかっても会いに行くのに。

きっとすごく好きだった、といまさら思うわけです。
ただ会って話がしたいと今日も思っています。

そういう相手って、
誰しも一人か二人いるのかもしれません。

会いたい人に会いに行けることはとても幸運なことです。
遠慮してる場合じゃないです。


今年はきっと福岡へ行こう。